人口知能VS「教科書を読めない子どもたち」

(Forbes JAPAN)

ダ・ヴィンチ・コード』や『インフェルノ』などの世界的ベストセラーで幼馴染み、宗教象徴学者ロバート・ラングトンが活躍するシリーズ最新作『オリジン』の舞台は、スペインだ。

グッゲンハイム美術館を訪れていたラングトンは、元教え子の殺害現場に居合わせ、美術館長のアンブラと何者かに追われるはめになる。予期せぬ事件に巻き込まれ、女性とともに逃げる展開は毎度のお約束だが、いつもと違うのは、ラングトンに心強い味方がついていることだろう。

その、味方とは、AI(人工知能)だ。本作では、このAIが目覚しい活躍をみせる。AIが人間の能力を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」がそのうちやってくる、などと聞かされると、なおのことそんなAIの実現に信憑性を感じてしまう。

だが、果たして本当に未来はやってくるのだろうか?「シンギュラリティは到来しない」と断言するのは、新井紀子さんだ。

彼女は通称「東ロボくん」で知られるプロジェクトを主導する数学者。東ロボくんは、2011年にスタートした「ロボットは東大に入れるのか」という人口知能プロジェクトで、これまでのべ100人以上の研究者がボランティアで参加した。

2013年からはセンター試験への挑戦を始め、2016年時点での成績は、偏差値57.1。これは、MARCH(明治大学青山大学立教大学中央大学・法政大学)や関関同立関西大学関西学院大学同志社大学立命館大学)といった有名私立大学に合格できるレベルだという。

「ついにAIはここまでだ!」新井さんの著書『AIvs.教科書が読めない子供たち』(東洋経済新報社)を読むと、ずいぶん実情は違っていたことがわかる。というか、メディアは、東ロボくんプロジェクトの真の狙いを理解できていなかったようなのだ。

東ロボくんのプロジェクトで彼女が突き止めたかったのは、「どうやればAIは東大に合格できるか」ということではない。そうではなくて、たとえば英語の試験に取り込むことを通じて、ディープラーニングの限界を知ること。つまり、「AIに何ができないのか」を明らかにすることこそ、このプロジェクトのほんとうの狙いだったのである。

数学が使える言語は、論理・確率・統計の3種類しかない。だが、この3つの言語には還元できないものがある。それは「意味」だ。AIは物事の意味を理解することができない。この限界があるかぎり、人間にAIに代替されることはないはずだ。

だが、ここで新井さんはとんでもない事実を発見してしまう。

人間がAIよりも優位に立っているはずの意味の把握において、それを苦手とする人がとても多いのではないかということに気がついたのである。

主語と述語の関係などを示す「係り受け」、あれやそれなどの指示代名詞が何を指すか理解する「照応解決」、この他にも「同疑問判定」や「推論」「イメージ同定」「具体例同定」などの6つの分野で構成されるテストをつくり、たくさんの学校などの協力を得ながら人々の読解のデータを調べていった。すると驚愕の実態が判明した。

中高生の多くが、教科書程度の文章を正確に理解できないことがわかったのだ。これは極めて深刻な実態である。なぜならせっかく人間にはAIよりも優れている点があるにもかかわらず、その優位性の部分がウィークポイントになっていることを意味するからだ。もちろんこれは子どもたちに限った話ではなく、われわれ大人にも当てはまる。

 

#.ひとりの数学者の発見が、もしかしたら社会を変えるかもしれない。そのことに、いまぼくはワクワクするような知的興奮を覚えている。